パラドックス
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ここでは特に無門関には囚われず、物の考え方をテーマにして雑記を綴ってゆきます。 最初は、禅のテキストによく現れる「Aではない。非Aでもない」という一見矛盾した表現を、一種のパラドックスと考えてみます。 パラドックス 逆説、矛盾などと訳されますが、一般には「正しいように見えるが間違っている」でしょう。 「アキレスは亀に絶対追いつけない」は代表的なパラドックスです。 このページでもパラドックスをいくつか挙げました。第十ニ則の 「この箱には部屋中の箱が全部入っている」などです。 パラドックスを真剣に考えることは、しばしば無駄やナンセンスとされ「そんなの判りきってるじゃないか。実際はアキレスは亀を追い抜くのだから」で片付けてしまうことも出来ます。 しかし、それを考える過程で脳は活性化され、堂々巡りから脱出する方法を見つけ出すことは創造の源であるとも言われます。 禅の公案、無理会話(むりえわ)が、理屈では答がありそうもない難題を通常の理論を越えて考えさせるのも、 共通とはいえませんが同じような役割を果たしているのかもしれません。
そんな正当化は抜きにしても、私自身はパラドックスが大好きなので、これからしばらく、単純には答えが出そうもないものと、それの僕なりの解釈を紹介してゆきます。 目次へ |